みんなで走って戦って助け合えば勝てる

番狂わせではない「シナリオ通り」の勝利

 7月16日の天皇杯3回戦で起きたSC相模原による川崎フロンターレ撃破は、世間では「大番狂わせ」と呼ばれた。しかし、シュタルフ悠紀リヒャルト監督の「シナリオ通り」という言葉が示すように、この勝利は偶然ではなく、徹底的に計算された結果だった。


J3リーグ16位の相模原が、AFCチャンピオンズリーグエリート準優勝の川崎フロンターレを120分間0-0に抑え、PK戦で3-1で勝利した背景には、現代フットボールの本質が凝縮されている。


緻密な分析に基づく戦術設計  

相模原の勝利の核心は、川崎の個々の選手特性を徹底的に分析し、それぞれに最適な対策を用意したことにある。


3バックの人選は特に印象的だった。右サイドには川崎の素早いブラジル人選手対策として藤沼拓夢を配置。その隣には日本語で指示を出せる加藤大輔を置き、守備のポジショニング修正を図った。中央のピトゥは小林悠や神田奏真との相性を考慮し、左サイドには家長昭博のプレーを封じるため左利きの選手をぶつけた。 


これらの人選は単なる能力勝負ではなく、「相性」「コミュニケーション」「プレースタイル」を重視した結果だ。特に加藤の起用理由が「日本語で指示が出せる」というのは、現代フットボールにおけるコミュニケーションの戦術的価値を物語っている。 


さらに前田泰良の今季初先発は、前半の可変システムのためだった。3-5-2と3-4-3を併用する攻撃時から、5-3-2と5-4-1を併用する守備時への変化において、前田が「キーマン」として機能する設計だった。 


川崎フロンターレの敗因

一方、川崎の長谷部茂利監督が「120分やって得点をとれない」「積み上げてきた物がこれなのかという思い」と語ったように、敗因は明確だった。川崎は4-2-3-1でレギュラー格を多数起用し、ボール支配率では圧倒的に上回った。しかし相模原の組織的守備に対して有効な解を見つけられなかった。長谷部監督が指摘した「アタッキングサードへの入り方」「チャンスの創出とその質」の問題は、現代フットボールにおける「支配≠勝利」の典型例だ。 「攻撃というのは得点を取って終わり」という監督の言葉通り、いくらボールを回しても、相手の守備組織を崩すための「質」が足りなければ勝てない。これは個人能力の高さだけでは解決できない構造的な問題だった。


J3レベル向上の背景

シュタルフ監督の「7年前のJ3と今のJ3は全く比べ物にならない」という指摘は重要だ。現在のJ3チームは戦術的成熟度が格段に向上している。


興味深いのは、「上位カテゴリーのチームはフットボールの色や特徴、武器が整備されているため、分析してウィークポイントを突くプランが練りやすい」という分析だ。強豪チームほど明確な戦術パターンを持つため、逆に対策を立てやすいという逆説が存在する。 


相模原がリーグ戦で苦戦しながらも天皇杯で川崎を破れたのは、この「分析しやすさ」を最大限に活用したからだ。J3同士の対戦では互いに未知数の部分が多いが、J1強豪相手なら豊富なデータと映像で徹底的な事前準備ができる。 


「みんなで走って戦って助け合う」の真意 

シュタルフ監督の「ものすごく強い相手にでもみんなで走って戦って助け合えば勝てるのがフットボールだ」という言葉は、決して精神論ではない。これは現代フットボールにおける組織的連動の本質を表している。


具体的な「助け合い」とは、ポジショニングでの相互補完、プレッシング時の連動、守備時のカバーリング、攻撃時の数的優位創出といった、高度に組織化された戦術行動のことだ。個々の能力差を組織力でカバーし、チーム全体として機能することで格上相手に勝利できる。 


サポーターを「ファミリア(家族)」と呼び、「苦しい時にも結束できるのが家族」と語った監督の言葉からも、チーム一体となった戦いの重要性が伝わってくる。 


「運」の正体 

両監督が言及した「運」についても興味深い。相模原のGKバウマンは「PKは運の要素が強い」としつつも「一番プレッシャーがないのがGK」と語った。これはPK戦の心理学を表している。キッカーは失敗が許されないプレッシャーの中で蹴るが、GKは止めれば英雄という立場の違いがある。この心理的優位性が「運」の正体の一部だ。シュタルフ監督が「運がこっちに傾いてくれた」と言う「運」も、実際には徹底した準備、高い実行精度、強いメンタル、豊富な経験値の集合体だ。相模原が「運を引き寄せた」のは、これらの要素を高いレベルで達成したからに他ならない。 


格上相手に勝つための方程式は確実に存在する

この試合が証明したのは、格上相手に勝つための方程式が確実に存在するということだ。それは単純な精神論ではなく、以下の三要素の完璧な融合によって成り立つ。


第一に徹底した事前分析。相手の個々の特徴から戦術パターンまで、あらゆる情報を収集し対策を練る。第二に明確な戦術コンセプト。自チームの特徴を活かしつつ、相手の弱点を突く具体的なプランを設計する。第三に全選手による完璧な実行。戦術理解と献身的な姿勢で、チーム一丸となってプランを遂行する。 


現代フットボールにおける真の強さとは、個々の能力の総和ではなく、組織としての機能性にある。相模原の勝利は、この原則を見事に実証した歴史的な一戦だった。 


「みんなで走って戦って助け合えば勝てる」というフットボールの本質的な魅力が、最高のレベルで発揮された120分間だった。 


取材:AtsuhikoNakai/SportsPressJP